垣根涼介『君たちに明日はない』(新潮社)

君たちに明日はない

いや面白かった。
この人の小説は初めてなのだけど、これまでに書いている作品が『ワイルド・ソウル』なんていうタイトルだったり、大藪春彦賞をもらったりしていて、なんとなく重厚長大でコテコテなのかと思っていた。が、どうしてどうして、いまのフツーのサラリーマンを描きつつ、人物の描写にもけっこう深みがあって(ときどき脱線するけど)、読ませる連作短編集だ。

主人公は33歳の村上真介。人員整理をしたい会社(の人事部)に代わって、社員の「リストラ」を請け負う会社の社員だ。つまり真介の仕事は、社員のリストラを依頼してくる会社に出向いて、人事部の代わりにリストラ対象の社員と面接を行い、退職を約束させるというもの。
すぐに連想されるように、これがなかなかストレスフルな仕事。当然ながら、面接では社員からののしられたり、いきなり泣かれたりと、そう簡単には退職を受け入れさせることはできない。ただまあ、こうした面接で揉めてからが、いわば真介のいる会社の本領発揮となるわけである。ここで書かれる「いかに納得して辞めてもらうか」の技巧?は、いろんな意味で、なかなか参考になるかもしれない。
本書での面接の場面にでてくる社員には、私腹をこやす中間管理職から、合併後に閑職に追いやられる銀行員、売れない商品を開発する研究員など幅広い。どの短編でも現実にある銀行やメーカーを彷彿とさせる書きぶりで、それなりに調査もこなしていることがうかがわれる。こうした真介の仕事を描きながら、恋人との私生活や昔の経歴なども絡んできて、物語に奥行きを与えている。


「リストラ請負会社」の社員という、意外な人物を中心にすえて、正面からサラリーマン(の深刻な場面)を描いている一方で、暗くならずに読ませるのは、「最低の人間にも家族はいるし、最低でも人生はある」(本書の最初の短編から要約引用)といった真介の感性が底にあることと、それぞれのキャラクターに人間的な魅力があるからかもしれない。

もう少し、この真介という人物につきあって、「その後」を読んでみたい。